ラウル・カストロ退任が86歳だった理由~キューバの抱える世界に前例のないジレンマ

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撮影:BMC Life

市民に手を振るラウル・カストロ元国家評議会議長(撮影:BMC Life)

86歳で現役引退。先月、ラウル・カストロ元国家評議会議長の退任が、世界でも大きなニュースになりました。

「日本の企業でいうと、高齢でがんばっている経営者は多いけれど、業績が低迷すると、”老害”などと言われてしまうよね。ラウルさんは、80代まで現役を貫いて、引き際についてはどんなふうに受け止められたのだろう」

昨年のちょうど今ごろ、キューバを旅行した友人が、こんな感想をもらしていました。

兄弟で60年近くトップの座に

たしかに、カストロ兄弟の政権は長かった。兄のフィデルが病気を理由にトップを退いて、弟ラウルが後任の座についたのは10年前。兄弟あわせると、1959年の革命から、60年近く続いた長期政権でした。

ここまで引っ張ってしまったのは、なぜだったのでしょう。キューバは共産党の一党支配なので、「”独裁者”であるリーダーが、権力にしがみついていた」というイメージも、昨今の報道のニュアンスには、少なからずみられるようです。しかし、私自身は異なる印象を持っています。

何を隠そう、私も2000年に初めてキューバに行くまでは、「フィデル・カストロというカリスマリーダーが強権を握って、市民を洗脳しながら国を運営しているのかな」と思っていました。

米国をうらまないキューバ人

実際にキューバに行ってみたら、人びとは屈託なく笑い、教養があって、国の現状に批判も交えつつ、キューバという国に対しては誇りを持っていると感じました。

米国による、キューバへの経済制裁は、けっこうな影響力を発揮しているはずだけれど、「アメリカ合衆国のせいで」国が大変なのではない。「キューバの近代化の遅れを何とかしなければいけない」「今の政権がめざしているものはわかるけれど、現実はこのように厳しい」と、自分の国や政府に現状に対して、当事者意識を持っている人が多かったのです。

現地の人に話を聞いているうちに、「キューバの問題のありか」に対する意見も人それぞれだとわかり、「共産党のリーダーに洗脳されている人びと」という印象はすっかりなくなりました。

どうしても守りたかった革命の精神

とはいえ、この国のリーダー、とくに一昨年亡くなったフィデル・カストロの存在感がものすごく強かったのは事実です。弟ラウルは兄のように長時間演説をするようなこともなく、地味な存在でしたが、兄が強調してきた「革命の精神」を大切に受け継ぎながら、現実的な経済改革も少しずつ進めて、市民の生活がよくなるようにバランスを取ってきたような役割でした。

しかし、何としてでも守りたかった「革命の精神」は、世界の環境が激変するなかで、あまりにも重く、それゆえにバトンタッチが高齢になってしまったのではないか。

その「革命の精神」とは、いまや世界に5か国しかない社会主義国のイデオロギーというよりは、キューバ独自の事情によるものだからです。

(撮影 BMC Life)

穏やかな表情が印象的なラウル(撮影 BMC Life)

グローバリゼーションという逆境

そもそもキューバが革命でめざしたのは、「社会主義政権を打ち立てること」ではありませんでした。「それまで米国がキューバに来て、好き勝手をしていた。だから、革命を通じてキューバの自立を取り戻したかった」(トラベル・ボデギータ代表の清野史郎さん)という理由だったのです。

革命前、華やかなラスベガスのような遊興地として栄えたキューバは、米国企業や米国寄りの政府により、人びとは搾取され、教育も満足に受けられないほど貧しかった。その現状を変えたいと立ち上がったのが、カストロ兄弟や、アルゼンチン出身のチェ・ゲバラをはじめとする、キューバ革命の戦士たちだったのです。

革命後の政権は、貧富の格差をなくそうと務め、教育や医療は無償に、サトウキビの生産で富を増やし、旧ソ連との蜜月関係で国家の足元を固め、というふうに、革命後の一時期は、「理想の国」とも言われたのですが、安定した「自立」の歩みは長くは続きませんでした。その後、いくつもの政治や経済の危機をのりこえなければならなかったのです。旧ソ連の崩壊のような大激震にもみまわれました。

そんななか、世界の社会主義国は次々破たんし、時代はグローバリゼーションへと向かい、キューバに逆風が吹き荒れます。いくら危機に見舞われても、「キューバの自立」は維持しなければいけない。またキューバの人たちが「搾取」されるような状況からは守らなければならない。

志と現実にジレンマを抱える国

実際、キューバが今よりも富を拡大するチャンスはたくさんあったかもしれません。いまキューバに対して、強硬姿勢を貫いているトランプ米大統領でさえ、ビジネスマンだった過去にはリゾートホテルの投資計画を企てて、キューバに視察団を送っていたといわれます。

キューバはビジネスの投資先としてうまみもあるのでしょう。けれど、キューバは「自分たちができることは自分たちでやる」と、外国からの投資をわざわざ制限しています。

「キューバの自立を守れば、その先に、国民の幸せがある」。そんなキューバ政府の考えも、市民がモノ不足で大変な思いをしている今現在、相当に揺らいでも不思議はありません。外資から投資を受け入れ、グローバリゼーションの波に乗ったほうが、市民の生活がラクになるかもしれないのです。でも、それは革命で志した「自立」を揺るがすことにほかならない。そんなジレンマを抱え、キューバ政府は前例のないかじ取りを迫られているわけです。

実際、キューバの人たちは「自立を守ること」どう考えているのか。米国やほかの中南米諸国の貧困層に比べれば、はるかに恵まれたセイフティネットが構築されているキューバ。人びとは、キューバのよさとして、治安のよさや、「家族や友人と過ごす時間がたくさんある」という日常について語ります。

それでも、「革命の志」を大切にするあまり、「日々の生活」が圧迫されてはいないか。もうそろそろ、「革命の精神」は現実に見合わなくなってきているのではないか。その評価は、キューバで実際に生活を送っている人にとって、厳しいものになってきています。

「キューバ人がうらやましい」

ふと、キューバに以前、観光で訪れたという、同じカリブ海の島国で、フランスの統治下にあるマルティニーク出身の友人がこんなことを言っていたのを思い出しました。

「キューバの人たちは、自分たちがキューバ人であるというゆるぎない自信がある。それがうらやましい」と。

この男性は、母国でフランス語で教育を受け、マルティニークの文化とともに育ち、欧州連合(EU)の就労資格も持っていて、世界でビジネスマンとして活躍しています。不自由のない、むしろ恵まれた環境に身を置いているように思えるけれど、キューバ人には「自分たちが持ちたくても持てない、強固なアイデンティティがある」と感じ、それが彼の目には得がたい価値と映ったようでした。

難航した後継者探し

キューバももとは、ヨーロッパや米国の影響を強く受けていた国でした。けれど、半世紀と少しの期間で、「自分たちでつくりあげた国」という、強いアイデンティティを育むことができた。フィデルからラウルに受け継がれ、退任を先延ばしにしてまで守りたかった「自立」の精神は今、しっかりと、キューバの人たちに根付いているのでしょう。

新しくリーダーの座に就いたミゲル・ディアスカネル国家評議会議長は「2000年代前半から、カストロ政権が後継者探しをするなかで、何人もふるいにかけ、ようやくお眼鏡にかなった、信頼のおける人物」(清野さん)といわれています。トップの座は退任したものの、ラウルはお目付け役として、しばらくは政権のこれからを見守るようです。

グローバリゼーションが進み、めざましいスピード感で世界の経済が変化していくなか、キューバが自立を保ちながらどう独自の進化を成し遂げていくのか。これから世界はさらに関心の目を向けることになるでしょう。第一線を退いたあとも、ラウルにとって気の休まるときは永遠に来ないのかもしれません。

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斉藤 真紀子
斉藤 真紀子
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞出版「AERA English」編集、週刊誌「AERA」専属記者を経てフリー。共著に「お客様はぬいぐるみ」(飛鳥新社)。趣味はラテン音楽&ダンス、カポエイラ(格闘技)
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