キューバ日系移民の墓地を訪ねて

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ハバナに立派な日系人墓地がある。そう聞いて、新市街(Vedado)にあるコロン墓地(El Cementerio de Cristóbal Colón)を訪ねました。

墓地といえば、どこか寂しげなイメージがありますが、城壁のように大きな入口を抜けると、真っ青な空の色に映える、白い彫刻や記念碑が見渡す限り広がっていて、不思議な開放感に包まれます。

コロン墓地の入り口

かわら屋根の小屋にたどり着くが

入り口で5CUCを支払い、係の人に「日系人の墓に行きたい」というと、有料で貸し出している地図を開いて「ここ」と指さしてくれました。

墓地が創設されたのは1876年、まだキューバがスペインの支配下にあったとき。日系人の墓が建てられたのは1964年で、入り口からはやや遠いところにあります。

広大な墓地には多くの著名人も眠っている

途中、著名人が眠る場所を英語で解説するウォーキングツアーのグループにも会いました。デザインを凝らした墓石の数々を眺めていると、美術館を歩いているような心持ち。キューバは土葬が多く、棺桶の大きさの墓石と十字架がずらりと並びます。

途中、かわら屋根の小さな小屋を見つけ、「このあたりか」と周囲を巡っても日系人の墓らしきものがなく、炎天下で目がまわって少々、日陰でひと休み。

この小屋に惑わされ、あたりで道に迷ってしまった

堂々とした姿に涙がこぼれ落ちた

地図を手にさらに歩くと、ついに慰霊堂が眼の前に現れました。予想を超えるスケール。これまでに見たバロックでもアールデコ様式でもなく、和をあしらった堂々とした姿に、どういうわけか、涙がはらはらとこぼれ落ちました。

外の扉越しに中の様子をうかがうと、ローマ字の苗字が書かれた棺が並んでいます。

日本人の移民が初めてキューバに渡ったのは1908年。昨年はハバナの日本大使館でも120周年の記念式典がとり行われました。

日本の政府、企業の支援とともに建立された

苦難も多かった人生の軌跡

中南米の日系移民は苦労が多かったことが知られています。そのなかで、とくに印象に残っているのは、「キューバの日系移民は各地に散らばっていたが、皮肉にも第二次世界大戦時、成人男性が南部にある青年の島(Isla de la Juventud)に置かれていた強制収容所に収監されたときに、初めて一同に会すことができた」という話でした。

現在は2世、3世、4世と世代を超えて、1000人を超える日系移民がキューバに住んでいるといわれます。キューバ倶楽部のイベント(2017年3月)でも、今を生きる日系移民たちの様子を取材した写真家の安達康介さんに、解説をいただきました。

今、日系移民の方たちは、ここにどのような思いで眠っているのでしょうか。

観光客も多く訪れ、ウォーキングツアーも開催されている

私は観光客としてキューバに来て、刺激に満ちた時間を過ごし、キューバ人の親日家にも数多く出会いました。

しかし、はるか前に日本から覚悟を持ってキューバの地を踏んだ人たちは、大変な思いをして道を切り拓き、波乱に満ちた時代を生き抜いた。その方たちの存在の偉大さを感じ、慰霊堂の前で心が波打つ思いでした。

しばし墓前に語りかけ、もと来た道を引き返すと、入り口で大きな向日葵の花束をたくさん抱えた花屋とすれ違い、思わず「あっ」と叫んでしまいました。次は花とともに、この地を訪れることができればと思います。

コロン墓地(El Cementerio de Cristóbal Colón)
Calle Zapata y Calle 12, Havana La Habana
入場料:5CUC(1CUCは約110円)
月~金 8時~17時

Author Profile

斉藤 真紀子
斉藤 真紀子
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞出版「AERA English」編集、週刊誌「AERA」専属記者を経てフリー。共著に「お客様はぬいぐるみ」(飛鳥新社)。趣味はラテン音楽&ダンス、カポエイラ(格闘技)
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