キューバはプライマリ・ケア先進国~日本も手本にしたい医療システムとは

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朝みんなで、公園に集まり体操をする。このような日常風景に、キューバの医療システムの一端が垣間見えることを、前回の記事(ハバナ朝の光景~中高年の健康を守るコミュニティ体操)でふれました。キューバの医療について、もっと知りたい! という思いで、「私にも理解できるのだろうか」といささか心配になりながら、7月中旬に東京で開かれた「日玖(日本とキューバ)統合医療シンポジウム」(一般社団法人日本統合医療学会主宰)に参加しました。

「キューバには統合医療という概念はないのです」

のっけから、シンポジウムのテーマをひっくり返すような、キューバの医師の説明に驚きつつ、頭いっぱいに「統合医療とは何ぞや」というはてなマークが浮かびました。が、キューバと日本の医師たちがわかりやすく説明してくれたので、ほっと胸をなでおろしました。

住民ひとりひとりの健康状態を把握

キューバの医療はワクチン開発など先進的な技術や、世界各地に有償、無償で優秀な医療チームを送る、国際貢献で知られています。国内では医療が無料であること、医学校に米国を含む世界の学生を無料で受け入れていることなども、注目されています。が、このシンポジウムで何よりも、語られていたのが、「プライマリ・ケア先進国である」というキューバの現実でした。日本の医師も「学びたい」と言います。

そもそもプライマリ・ケアとは何なのでしょうか。

いわゆる「家庭医」と呼ばれ、私たちがまっさきに相談する、総合的な医療の判断ができる医師、あるいは医療機関による診療のこと。キューバでは、1000~1200人の住民にひとり、プライマリ・ケアの医者がいて、ひとりひとりの健康状態を把握しているそうです。「プライマリ・ケアの8割は予防に重きを置いている」と、キューバの医師が話してくれましたが、病院に来た患者を診察するだけではなく、ふだんから医師が各家庭に訪問するなど、住民すべての健康状態を確認する。そうして、健康な人、注意が必要で健康を害するリスクがある人、治療が必要な人などを把握しておくとのことです。

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海辺に滞在して心を癒す

そうしたプライマリ・ケアのなかで、近代西洋医学が担う「対症療法」のケアだけではなく、長期の慢性疾患をケアする薬草などの伝統医療、鍼灸、免疫や治癒力をケアするホメオパシー、水の効果を利用して心のケアをする海やリゾート施設での療養、疲れや落ち込みをケアするフラワーレメディ、そのほかにもハチミツやプロポリスの処方、気功や太極拳を取り入れた公園での体操、オゾン療法等、さまざまな「原因療法」のケアが取り入れられているとのこと。漢方は値が張るため、使っていないようです。

「全体では、こうした『原因療法』が4割ぐらいを占めます。高齢者の生活の質をあげるための医療にも力を入れています」

キューバの医師はこのようにシンポジウムで語っていました。

医療のゲートキーパーがいない日本

キューバでこうした、近代西洋医学のみに頼らない、予防医学に注力した医療システムが取り入れられているのは、経済的な事情もあります。旧ソ連崩壊後、キューバは経済危機にみまわれますが、医療や教育の無償化はキューバ革命の理念でもあり、譲れません。そこで、「国民が健康になれば、医療費がかさまない」という理にかなった考えに行きついたわけです。

私(斉藤)は、医療保険が高額な米国で生活した経験もあり、日本の医療システムは理想だと思っていました。けれど、今回のシンポジウムで指摘されていて「なるほど」と思ったのは、日本は医療が「フリーアクセス」で、医者に行くにも行かないにも、個人差が大きいということ。健康に対する意識高い人や低い人、情報がある人とない人とでは、医療サービスの享受に差ができてしまう。健康診断を定期的に受ける人もいれば、受けない(あるいは保険でカバーされない検診は受けられない)人もいる。診療所に自分から行かないと、心身の不調はケアされない。「検診の良し悪し」についても情報共有がされていない。こうしたことが、日本の問題点として、議論されていました。

加えて、日本の医療は「ゲートキーパー役」がいない。ゲートキーパーとは、情報を整理してくれる人。近代西洋医学だけではなく、あらゆる自然医療、代替医療も含めた総合的な医療の知識からアドバイスできる人がいない、とのことです。

なるほど。私自身も、家族が闘病していて、病院の薬が効かなかったとき、自分でリサーチして代替医療方法を調べまくっては、「何かいい方法はないのか」と混乱したのを思い出しました。

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代替医療を学ぶキューバの医学生

そもそも、キューバの医学生は伝統医療や自然医療などを120時間以上学ばないといけないそう。対する日本の医学生は、漢方のみ学ぶことが推奨されているものの、近代西洋医学を学ぶことにほとんどすべてのエネルギーを注ぐとのことです。

ところで、今回シンポジウムに参加した3人のキューバからの医師のうち、2人が女性でした。キューバではプライマリ・ケアを担う6割以上の医師が女性といわれます。医療の専門性が高くなると、セカンダリー、サードリーと大きな医療機関の担当になりますが、プライマリ・ケアの医師たちも、中南米やアフリカなどでの海外医療を経験するなど、厳しい医療現場を担います。

今回もキューバの女性医師の方たちと直接話をすることができたのですが、医師は多忙なので、女性は子育ての両立もしやすいように、クリニックと自宅を隣接させたり、無料の保育所に通いやすくしたりと、政府がサポート体制を整えてくれているとのことでした。退職率も高いといわれる、日本の女性医師が仕事を続けやすくするヒントも、キューバから得られるかもしれません。

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プライマリ・ケアが災害対策にも役立つ

医療費の高騰をどう抑えるか。高齢化社会にどう対応するか。日本もキューバも共通の悩みを抱えていて、それに対するキューバの答えが「予防医学を進めてきたこと」なのでしょう。

今回、シンポジウムに来ていた日本の医療関係者にも話を聞いたのですが、一口に「統合医療を進める」といっても、現在ではそれぞれの分野の専門家が独立して活動している状況で、何をどう統合医療に組み込むかという利害もからむため、一筋縄にはいかないかもしれないとのこと。

プライマリ・ケアが行き届いていると、災害の対策にも役立つという事例も、興味深い内容でした。キューバは1963年(キューバ革命の4年後)、東部地方を襲ったハリケーンで1200名以上の死者を出したことから、対策がとられ、それからハリケーンが訪れても犠牲者をほとんど出していないのですが、これにはプライマリ・ケアにより、医師が「住民の健康状態を把握している」ことも大きいそうです。妊婦さんや高齢者を優先的に避難させたり、いざというときの対策が取りやすくなるからです。

今回のシンポジウムで、医療は「生活の質をあげるためのもの」というキューバの予防医学の考え方には、目からうろこが落ちる思いでした。そういえば、昨年キューバで民泊をしたときのご主人が、「そもそも風邪をひいたことないんだよね。まあ、風邪ひいても無料で医者に行けるからどうってことないけれど」と言っていたのを思い出しました。「理想の医療って何だろう?」「医者がいらなくなる医療かしら」という、禅問答のような結論に落ち着いたのでした。

Author Profile

斉藤 真紀子
斉藤 真紀子
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞出版「AERA English」編集、週刊誌「AERA」専属記者を経てフリー。共著に「お客様はぬいぐるみ」(飛鳥新社)。趣味はラテン音楽&ダンス、カポエイラ(格闘技)
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