女装するキューバ人青年の葛藤を描く、映画『VIVA』の魅力

Share on LinkedIn
LINEで送る
Pocket

photo_viva

 

ラテン語圏を中心に、中南米の国々からも選りすぐりの映画を上映する、ラテンビート映画祭。13回目を迎える今年は、キューバを舞台にした『VIVA』や、日本からキューバに渡った移民をテーマにした『サルサとチャンプルー』も上映されます。

今年、アカデミー賞外国語映画部門のアイルランド代表にも選ばれた、「VIVA」はキューバのドラァグクィーン(女装する男性)を主人公に、キューバの人びとの暮らしや文化を鋭く描き出す作品。監督はキューバに幾度も足を運んだ、アイルランドのパディ・ブレスナックさん。登場人物の心情に寄り添うように奏でられる音楽もまた、魅力たっぷりに、ストーリーをひきたてています。

字幕翻訳を手がけたのは、映像翻訳家の杉田洋子さん。この映画の見どころ、キューバの社会背景や翻訳をするうえで作品について感じられたことなどをお伺いしました。

 

――映画の主人公からして、ユニークな設定ですね。

杉田さん: ドラァグクイーンのショーを行うクラブで、カツラの手入れなどをして生計を立てている青年、ヘススが主人公です。ある事件をきっかけに、「ビバ」という芸名でステージに立つことになるのですが、次第に舞台で自分を表現することの喜びに目覚めるように。そこへ15年前に家を出て行った父親が帰宅して、ヘススは暴力的な父親との共同生活に翻弄されることになります。

 

――アイルランド出身のブレスナック監督はどのような経緯で、キューバで映画を撮ろうと思われたのでしょうか?

杉田さん: ブレスナック監督は、元々キューバが好きで何度も足を運んでおり、ハバナのナイトシーンには親しみがあったそうです。アイルランドとキューバというと、一見まったく性格の異なる国のようにも思えますが、どちらも地理的に孤立した島国であり、ともに植民地としての歴史を背負ってきた点で、共通項は多い、と監督は話しています。

 

この映画を撮るきっかけとなったのは、監督が初めてキューバでドラァグクイーンのショーを見に行ったときの出来事。「私が引き込まれたのは、ショーそのものではなく、隣の席の女性の反応だった。ひどく感動して泣いていたのだ。私が理由を尋ねると、彼女は、今ステージに上がっているのは自分の兄弟だと答えた。これほど生き生きとした彼は見たことがない」と。仮装することで、初めて本当の自分になれる人もいるのだという監督の気づきから、『VIVA』の構想は生まれたのです。

主人公は守ってあげたい男子ナンバーワン

 

――この映画での見どころはなんといっても俳優陣!キャストが魅力を放っていますね?

杉田さん: 注目度が高いキャストのなかでも、主人公の青年を演じるエクトル・メディナは、昨年のラテンビート映画祭で上映された「キング・オブ・ハバナ」で、オネエ役のユニスレディを演じたので、覚えている方もいるのではないでしょうか?現在エクトルは27歳ですが、今回挑戦するのは18歳の青年ヘスス。撮影当時は今より若かったとしても、10歳近いギャップを感じさせない、美しくてピュアな表情に終始釘付けです。

 

今回演じる青年ヘススは、クラブで舞台に立つとき以外、女装はしていませんが、しぐさや表情が見習いたいほどしとやかで、どこかはかなげで、個人的には守ってあげたい男子ナンバーワンです(ちなみに彼自身はゲイではないそうです)!ドラァグクイーンとして活路を見出してゆく、アーティストとしての力強い演技にも胸打たれます。これからの活躍が楽しみな、注目の若手俳優です。

 

そして、不朽の名作「苺とチョコレート」(1994年)でゲイの芸術家ディエゴを演じたキューバの名優ホルヘ・ペルゴリアが、ヘススの父親役として登場するのもキューバ映画ファンにはうれしい特典です。今回は、コッペリアで苺のアイスをおいしそうに食べていたディエゴとは打って変わって、今回はむしろゲイ嫌いの超マチスタ(※男らしさを重んじる、男性優位主義)な役どころです。

 

加えて、クラブのママ役を演じたベテラン俳優ルイス・アルベルト・ガルシアの熱唱シーン(といいますか、いわゆる口パクなのですが)には、得も言われぬ説得力があり、私は翻訳の作業中に何度も涙しました。監督によれば、ルイスは、この映画にエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しているベニチオ・デル・トロにとって「世界で最も好きな俳優の1人」なのだそうです。

 

――ステージのシーン含め、音楽ファンの方がたにも、聴きどころの多い楽しみな作品ですね!

杉田さん: はい、選曲もすばらしいです。映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」でも歌姫として登場した、オマーラ・ポルトゥオンドの永遠のライバルとしても知られるセンティミエントの女王エレーナ・ブルケや、ニューヨークで活躍したラテン・ソウルの女王ラ・ルーペの曲(歌はロシータ・フォルネル)も楽しめます。ヘススの心情に寄り添った歌詞も、胸に迫るものがあります。

テンポのよいオネエたちの会話

――杉田さんが心をつかまれた、面白い場面について教えてください。

杉田さん: 面白かったのは、やっぱりオネエたちのきわどい会話の数々ですね。ベタなんですがテンポがよくて。オネエとキューバのブレンドは最強です。ただ、オネエだけでなく、「おばあ」も面白いんです。かなりエッジがきいています(笑)。感動のシーンもたくさんあるのですが、追い込まれていくヘススのどうしようもない切なさ、行き場のないやるせなさが爆発した瞬間、やさしく受け止めてくれるママの存在に、私はボロ泣きしました。あまり言うとネタバレしてしまうので、ぜひ会場へ全貌を確かめにきてください!

 

――この映画からわかる、キューバの文化、社会背景とは?

杉田さん: ドラァグクイーンとしてデビューする前のヘススは美容師として、自ら客を見つけ、直接お金を受け取って生計を立てています。社会主義のイメージと違うかもしれませんが、2011年にラウル・カストロが第一書記に就任して以来、キューバは市場経済の導入に意欲的に取り組んでおり、現在では201の職種で自営業が正式に認可されています。美容師もその1つなのです。

 

仮に国営の仕事についたとしても、数千円の月給とわずかな配給だけではとても生活できず、海外にいる親戚からの送金に頼ったり、何かしらの副業をしたりしているケースがほとんどです。(このあたりの詳細はぜひ、キューバ倶楽部で清野さんの解説を…!)

 

そんな状況にあって、外貨を得ることがとても魅力的であることは言うまでもありません。外国人観光客を探してうろつく青年や、亡命を夢見るスポーツ選手、その夢に乗っかろうとする若い娘…。クラブで働くドラァグクイーンの1人も、楽屋から客席を覗いてこう言います。「なんだ、キューバ人じゃん。興味ない」

 

一方で、口は悪くても困った時はお互いさまの精神も、そこかしこに垣間見えます。対立のときも、和解のときも、遠慮なしで相手の領域に踏み込んでいく生身のコミュニケーションは、ふだん生活しているうえで、忘れかけていた人間の優しさや面倒くささを、いい意味で思い出させてくれるような気がします。

――字幕翻訳で、もっとも大変だったところは?

杉田さん: 何といっても、キューバならではのネタがふんだんに盛り込まれたセリフの数々です。そのまま訳すのが一番面白いのですが、字幕には字数制限があり、すべての情報を出すことはできません。「ああ、この町の名前を出せたら…」、「ああ、この下品な冗談、一言一句伝えられたら…」という葛藤が常につきまといます。特にキューバ特有のローカルネタは、字数だけではなく、どう表現すればなじみがある人にも、なじみのない人にも楽しんでもらえるか。そうした観点も必要です。様々な制約の中で、原文の旨みを最大限に引き出すことが苦労する点でもあり、醍醐味でもあります。

キューバ留学で考えさせられた価値観の違い

 

――杉田さんにとって、キューバはどんな国ですか?

杉田さん: キューバは、大学時代に留学をした、個人的にはとても思い入れの強い国です。それからたったの十数年で、アメリカとの国交が回復し、Wi-Fiが飛び、ローリング・ストーンズがコンサートをして、シャネルがファッションショーを行い、日本の首相が訪ねることになろうとは、思ってもみませんでした。

 

当時は「なるべく日本と違う国に行ってみたい」という思いがあり、数ある語学留学先の候補からキューバを選びました。学校の勉強はともかく、とてもよい社会経験になったことは確かです。1日の半分は断水、毎日のように停電が起き、バスはなかなか来ない。何か買おうと思っても、どこに売っているのか分からない、ようやく着いても売っていない、運よく買えても壊れてる…。とりあえずコンビニか「100均」の店に行けば大抵のものが手に入る日本では、「何がどこに売ってるか」なんてことに頭を使うことはなかったのですが、キューバにいたころは随分頭を使い、人に尋ねて回りました。

 

それでも、急いでいないからか、不思議とイライラしませんでした(いや、時にはしましたが)。経済は複雑で、金持ち扱いされるのも初めてで、お金や価値観について、考えない日はなかったと思います。でも、それ以上に、人々のやさしさやたくましさ、美しい空と海に癒やされ、元気をもらった日々でもありました。八百屋のおじさんが、やさしい笑顔で「Gracias, mi cielo(ありがとう、私の空)」と言ってくれたり。その言葉が聞きたくて、よくこの八百屋に通いました(笑)。

 

30歳も年上のおじさんと大喧嘩したこともありました。頭に来ましたが、怒って泣いてる私におじさんは汚いハンカチを差し出してくれました。スルっと心がほどけた瞬間でした。また、掃除のバイトをしながらお金持ちの外国人を捕まえていたギャルには、「しなくてもいい苦労はするな」と諭されました。キューバに着いて3日目のことです。おかげで随分慎重な滞在になりました。日常のささいなやりとりの中で、日本ではなかなか開かれることのない「チャンネル」を、よくも悪くも開いてくれる国。そして、また何度でも帰りたくなる国。それが、私にとってのキューバです。

 

【杉田洋子さんプロフィール】

(すぎた・ようこ) 映像翻訳者

東京外国語大学スペイン語学科卒業。在学中、キューバに留学。日本映像翻訳アカデミーでの勤務を経てフリーランスの映像翻訳者に。ドキュメンタリーの吹き替え版制作やスペイン語・ポルトガル語の翻訳を中心に活躍。手がけた字幕は、キューバやアメリカのジャズシーンを題材にした長編映画『チコとリタ』(2010年、スペイン=イギリス合作)、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した『彼方から』(2015年、ベネズエラ=メキシコ合作)など。

 

「VIVA」

監督:パディ・ブレスナック/出演:エクトル・メディナ、ホルヘ・ペルゴリア、ルイス・アルベルト・ガルシア/2015年/ドラマ/キューバ、アイルランド/100分

第13回ラテンビート映画祭(http://lbff.jp/)3都市にて上映

新宿バルト9:10/10(月・祝)16:00~ 10/15(土)16:00~

梅田ブルク7:10/22(土)16:00~

横浜ブルク13:11/12(土)13:30~ 11/13(日)11:00~

「VIVA」予告編:

 

Author Profile

斉藤 真紀子
斉藤 真紀子
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞出版「AERA English」編集、週刊誌「AERA」専属記者を経てフリー。共著に「お客様はぬいぐるみ」(飛鳥新社)。趣味はラテン音楽&ダンス、カポエイラ(格闘技)
Share on LinkedIn
LINEで送る
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です