お祭りムードあふれるキューバのメーデーに参加しました!

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革命広場に集まる人びと。星型の塔(ホセ・マルティ・メモリアル)のふもとでラウル・カストロ氏たちが迎える

革命広場に集まる人びと。星型の塔(ホセ・マルティ・メモリアル)のふもとでラウル・カストロ氏たちが迎える

キューバでメーデーに参加してきました。5月1日、「労働者の祭典」であるメーデーは、働く環境の改善を求めてデモをしたり、ストライキをしたりと、「闘う」イメージが強かったのですが、社会主義国キューバのメーデーは、何とも陽気なお祭りムードでいっぱいでした。

「ぜひともメーデーの行進をこの目で見たい!」

そう思ったのは、昨年のメーデーの映像を観たから。ローリング・ストーンズが昨年3月、ハバナで無料コンサートをおこなったときの大型テレビや電光掲示板が、なんとメーデーで再登場(リサイクル?)しているではないですか。革命広場を練り歩く、大勢の人びとが国旗やフィデル・カストロ氏の写真を手にしていて、「おや、いっぷう変わったメーデーだぞ!?」と思ったからです。

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革命後から頑固に保ってきた社会主義システムも、昨今少しずつ変化を遂げているキューバで、メーデーに参加する人たちは、どんな思いで歩いているのか。ほんとうに「フィデル万歳」と思っているのか。もしや、いやいや出ている人たちも? 一緒に歩いて、じかに空気を感じてみたい。そんな思いで、いざハバナへ!

メーデーはデートの場?

午前5時すぎに新市街のホテルから、歩いて30分ほど、革命広場に向かうと、とちゅうから人の波がすでにできていました。キューバ国旗色の赤や青を身にまとい、お手製のプラカードやフィデル・カストロ氏の写真を手にした家族連れやカップル、若者グループが、まるで音楽フェスに向かうような、思い思いのカラフルないで立ちで向かいます。夜明けの薄暗さを吹き飛ばす勢いで声をはりあげて、おしゃべりに興じ、大口開けて笑っている人たちも。

「朝もはよからテンション高いな~」

こちらもつられて、ワクワク感が高まっていきます。革命広場の近くまで行くと、すでに、パレードを待つ人たちでごった返していました。毎年100万人を超す人が、メーデーのためにここに集まるといわれるだけあり、付近には大きなバスが何十台も連なって駐車しています。遠くから来る人も多いのでしょう。団体でおそろいのTシャツを着てまとまって参加している人たちもいました。たいがいは家族やプライベートの友人同士が多かったように思いましたが、「就労年齢」にはみえない、10代っぽいカップルがいちゃいちゃしているのはデートか!?

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若者の間に広がる、フィデル支持

ファッションで目立っていたのは、チェ・ゲバラのTシャツ。日本人が「日本語Tシャツ」を身に着けないように、キューバの人はゲバラTシャツを着ないイメージがあったのですが、若者から高齢者まで幅広い年代の男性に人気でした。

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「Yo soy Fidel」(私はフィデル支持)のTシャツ、バンダナ、プラカードも男女限らずよく見かけました。地元の人が言うには、「フィデルに反発していた若い世代の間に人気が高まっている」とのこと。別のキューバ人いわく「生きているときはいろいろあっても、亡くなってからその存在の大きさに気がつくのは、マイケル・ジャクソンと同じだね」とのこと。なるほど。

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私は友人(日本人女性)を道連れに、キューバ人にならって「コンペルミソ」(失礼します)と言いながら、行進待ちの列をかいくぐって、写真を撮ったりしていたのですが、身動きがとれないような人いきれのなかでも、日本の通勤電車のような殺伐とした空気はなく、和気あいあいとした雰囲気。「どこから来たの?」とニコニコ話しかけてくる人もいれば、撮影にもポーズをとって喜んで応じてくれる人たちばかり。どこからか打楽器のリズムが響いてきて、私も体を揺らしそうになってしまいました。

「ビバ・クーバ」と叫んだ頭上に…

さて、行進の列の先頭近くにたどりつくと、朝7時半から式典が始まりました。革命広場には、ラウル・カストロ国家評議会議長をはじめ、中南米の国から代表者が参列しているもよう。大型テレビに、残念ながらラウル氏ではなかったですが、政府重鎮の演説者の顔が映し出され、そのとき内容はよくわかりませんでしたが、情熱的に語っていたことはわかりました。「ビバ・クーバ!」(キューバ万歳)と叫んだくだりで、何人か後について「ビバ・クーバ」と唱えていましたが、宙にはコンドームをふくらませた風船が舞っているし、テンションが高いのに、独特のゆるさ加減もあって、何だかよくわからなくなりました。

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そんな自由な雰囲気とともに、数分かけて革命広場を横切ります。麦わら帽子でお出迎えのラウル氏とともに重鎮たちが並ぶ、星形の記念碑、ホセ・マルティ・メモリアルに向かって手を振りながら歩いていると、「人類、みな兄弟」ではないですが、よそ者の私たちも、自然と「連帯」感がわいてきました。数分で広場を横切ってしまうと、あっさりしたもので、みな思い思いの方向に解散していきました。締めにはお約束の音楽が流れ、重鎮含め一同みんなで踊りまくったそうなのですが、私たちはパレードの先頭のほうにいたので、その貴重なひとときを逃してしまいました。

「メーデーに行ってきたよ」

キューバの人たちに早速自慢すると、「すごくよかったでしょ?」とタクシーの運転手さんが喜んでくれたり、「おれは参加してないよ。本当は行かなければいけないんだけど、キューバの連帯や国威を誇示するために朝早く起きて向かうのも何だかなあと思って」なんてぶっちゃけるウェイターさんもいて、反応はさまざま。音楽フェスさながらの自由で楽しげな空気からすると、「無理やり来させられた」感もなかったし、少数派かもしれないけれど、「行きたくないから行かない」という人がいるのは自由でいいなと思いました。テレビ局で働いている30代前半の女性が「職務の契約のなかにメーデー参加が記載されていて、前日の夜から職場の仲間は集まって飲みながら、そのままメーデーに流れ込む。でも、自分が国をサポートするために何かをするとしたら、メーデー参加ではなくて、ほかにできることがいっぱいあるから行かなかった」と語っていたのもまた、すがすがしい印象でした。

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社会主義とメーデーは生き続ける?

この時期、街のあちらこちらに「7月26日」と書かれた革命記念日の旗が飾られていて、「革命を祝う」意味合いも肌で感じたメーデー。行進を待つ列で、60代ぐらいの男性が頭にしていたバンダナに縫い付けられた金色の文字を、早合点して「社会主義は死んだ」と読んでしまい、「ついに来たか」と、のけぞりそうになったのですが、よく見てみたら、「社会主義か、死か」、つまり、革命のスローガン「祖国か、死か」をもじった想定内の文言でした。

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社会主義のこれからは? 革命の理念を残しつつ、現実にどう対応していくか。過渡期のキューバで人びとの葛藤もさぞかし、いろいろありそうです。しかし、のんきな観光客もやさしく仲間に迎え入れてくれたキューバの人たちとともに、大空のもと、意気揚々とパレードを歩いたメーデーは、胸がはずむような体験でした。はてさて、5月1日のこの活気は、後々の世代にも受け継がれていくのでしょうか。

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斉藤 真紀子
斉藤 真紀子
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞出版「AERA English」編集、週刊誌「AERA」専属記者を経てフリー。共著に「お客様はぬいぐるみ」(飛鳥新社)。趣味はラテン音楽&ダンス、カポエイラ(格闘技)
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