【インタビュー】ジョージ渡部さんのキューバ珍道中

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渡部ジョージさん

インタビュー中の渡部ジョージさん(奥)、インタビューの編集長斉藤(手前)

 

ちょうど日本にサルサが入り始めたころだった。キューバに行ったのは1996年。前の年にサルサのダンスを始めた。そのころ、「サルサといえばキューバ」というイメージだったのよ。

実はキューバに行く直前に、大金を手に入れたのね。当時、音楽会社にいた僕は、ロック系アイドルのファンクラブツアーで、カナダのバンク-バーに行ったんだけど、駄菓子屋さんみたいなところで時間つぶしに1ドル(当時、95円くらい)のスクラッチカードを買ったら、1万ドル当たっちゃった。「リッチモンド」という地域で換金したんだけど、「リッチもんど?リッチだもん?」なんて踊りながら、笑いがとまらず、その場でみんなに20~30万円ごちそうした。バブル時代の名残だよね。残りは5000ドルを自分のかばんに入れて、あとは東京に帰るスタッフに託したんだ。

そのまま現金を背負って、米ロサンゼルス、メキシコンのカンクーンに飛んで、サルサクラブをはしごしてから、キューバの首都、ハバナに飛んだ。音楽やダンスを学ぶ短期留学コースに、あらかじめ申し込みをしておいた。

ブーイングをものともせずに

ダンス留学中、サルサを踊るオレンジ色のシャツの渡部さん

ダンス留学中、サルサを踊るオレンジ色のシャツの渡部さん

 

手荷物は預けない主義だけど、カンクーンで5000ドルの現金を入れたままの旅行かばんを無理やり預けさせられた。それで、ハバナの空港に着いたら、荷物がいくら待っても出てこないんだよ。当時、ハバナの空港の床は土だったのが衝撃だったな。荷物を待ちながら、空港で流れていたサルサの音楽でひとり踊りまくっていたけれど、やっぱり出て来ない。こういうトラブルはよく経験していたから、真っ先に遺失物証明書のところにいって、窓口の女性にかけあっていたら、いつの間にか、うしろに百何十人も並んでいた。そして僕に向かって、最後尾に並べとブーイングを始めた。

僕の前にいた女の人が、遺失物証明の紙にスーツケースの中身を延々と書き連ねている。ここで最後尾に並んだら、大変だ。まともに並んだら5時間はかかると思い、窓口担当と、書類に書き込んでいる2人の女性に向かって、「プリーズ、プリーズ」とみんなに聞こえる声で、「ここに並ばせてほしい」と10分、20分頼み続けた。30分「プリーズ」を続けるほうが、5時間並ぶよりいいからね。しばらくすると、「もういいよ。並んで」という雰囲気になった。窓口の女性にはバッグに現金5000ドル入っていたと言ったけど、うそにしか聞こえなかっただろうね。

ポケットに入っていた現金300ドルをにぎりしめて、空港からタクシーに乗った。お腹がすいていたから、運転手に「どこか食べるところに連れていってくれ」と頼んだけれど、店がどこにもない。キューバの旅行ガイドはそのころ全然なかったけれど、それは紹介する店がないからなのか! と合点がいったよ。そのころのキューバは本当に貧しかったからね。

 

→【次ページ2/2】13階の部屋まで階段で上り下り

Author Profile

斉藤 真紀子
斉藤 真紀子
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞出版「AERA English」編集、週刊誌「AERA」専属記者を経てフリー。共著に「お客様はぬいぐるみ」(飛鳥新社)。趣味はラテン音楽&ダンス、カポエイラ(格闘技)
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2 thoughts on “【インタビュー】ジョージ渡部さんのキューバ珍道中

  1. キューバのブログを見ていたら出会えました(*^^)v。
    いろいろなキューバがあるんですね!
    娘がキューバに去年の秋から1年間バレエ留学しています。
    又娘と会えることがあればレポートしてください。

    • キューバも、ほんとうに訪れる人によっていろんな印象があるようですね。
      お嬢様、バレエ留学されているのですか!
      それは貴重な体験ですね。
      ぜひお話をお伺いしたいです。

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